会長挨拶

会長 品川 一成
(九州大学)
Manufacturing and Value Creation
何年も大切に使ってきた家電が故障し,家電量販店を訪れると,展示品を見て,いつも進化していることに気が付く.自動車では,パワーステアリング,パワーウィンドウは想定内であったが,エンジン始動がボタン式へ移行したときはかなりの驚きであった.色々な新製品を頻繁に買い換えないと,時代に遅れるという人もいるが,次により良いものが出てくるかもしれないから壊れるまで待つ人もいるだろう.ただし,より良い製品が市場を制覇するわけではないという例をこれまで多く見てきている1),2).市場は営業,流通,顧客との相互作用で形成されるので3),仕方ないかもしれないが,使い慣れているあるいは気に入っているものが市場から消えてしまうときは衝撃を受けることもある.しかしながら,近年の多くの国ではモノ自体が売れない時代になり4).消費の中心が“モノ”から“コト”へ移ったと言われている5).日本はアニメ産業が好調であるが,ハードウェア製造からエンターテイメントにシフトした企業もあり,エンジニアとして複雑な気持ちになる.海外からの留学生の多くが,日本に興味を持った契機がアニメという話をよく耳にするので,大学教員としても複雑な思いである.
モノづくりの現場では,今後,競争力強化の手段として,デジタル技術とAI(人工知能)が重要視され,DX(デジタルトランスフォーメーション)は不可欠な経営戦略とされている6).製造業界の会社からの大学への求人内容をみても,本来の設計?製造に関する分野は成熟?縮小傾向にあり,IT関係の部署への需要が増えている7).機械系の学生は,機械のメンテナンスでは必ず必要とされ,多くの業界で重宝されるのは変わらないと考えられるが,モノを作りたい学生にとっては,活躍する場は相対的に減少しているように見える.理工系の学生がコンサルティング会社に就職する割合が増えているが,論理的思考力やデータ分析能力などがコンサルティング業界の求める能力と合致しているらしい.学生の製造業離れを止めることができるのだろうか.
本稿では学の側からではあるが,最近の話題も含め,モノづくりを取り巻く状況について概観する.
コトづくりとは,単発のイベント等を開催することではなく,モノを通して得られる様々な体験,経験,感動,サービスといった付加価値を長期的に提供する取り組みである.モノづくりはその基盤であり,両者は対立概念ではない.技術イノベーションにより競争で優位とならなければコトの価値も維持できない.従来対象外だった消費者層をターゲットに,全く新しい市場を作り出し,既存の市場シェアを奪い合うことを回避することが理想とされる.過去の例としては“ウォークマン”が挙げられる8),9).今後は“コトづくりのための付加価値を創出するモノづくり”へと,意識を転換する必要があると言われる.なお,スティーブ・ジョブズの「People don’t know what they want until you show it to them(人々は何が欲しいのか,それを見せるまで分からない)」という言葉が有名であるが,顧客の声をただ聞くのではなく,時代の流行,市場の動向に応じた潜在ニーズを把握することが重要となる.未来を描く創造力,直感とビジョンを持つリーダーが望まれるが,そのような人材は極めて限られているだろう.
生産現場では,設計改善やプロセス最適化で,製品精度と生産効率を上げる取り組みがなされてきた.現在注目されるのは,デジタルイノベーションによって顧客が必要とするサービスの提供を実現するコトである.塑性加工関連の企業でも,デジタル生産管理システムの開発が進展している10).なお,製造業が製品を売るだけでなく,保守,分析などのサービスを一体化して提供することはサービタイゼーション(Servitization)と呼ばれている.また,製品を買い取る“所有”から,継続的なサービスを受けながら利用するサブスクリプションへの転換も進んでいる.身の回りではプリンターやソフトウェア製品がすでにそうなっている.パソコンやスマートフォンではOSが半強制的に更新され,見た目が変わって戸惑うこともあるが,ネットワーク経由でソフトウェアを更新する仕組みはOTA(Over-The-Air Update)と言われ,EV車でも,ソフトウェアをリモートでアップデートしようとする動きが進んでいる11).工場設備に対しても急速に広がりつつある.ところで,新しい製造法として注目されるものにギガキャスト(巨大な鋳造装置で大型部品を一度に成形する鋳造技術)がある12).大きな発想転換で実現した技術であり,車の作り方を変えることから,コトづくりに直結すると考えられる.
筆者の世代は,日本は製造業中心の産業立国が常識であったが,近年,観光立国政策が成長戦略に挙げられたときは大きな衝撃を受けた.しかし,現在の内閣が示す重点17投資分野は経済安全保障にシフトし,技術力が戦略的に重要視されている13).経済界でも技術産業立国への再挑戦が始まろうとしているようである.また,2022年に経済産業省が“スタートアップ育成五カ年計画”を打ち出し,大学発ベンチャーへの支援も活発化している14).これは第四次ベンチャーブームと言われているが,これに対し,バブルがはじけた後,経済の再生を目指して大きく期待された第三次ベンチャーブームが存在した.当時は各地でTLO(Technology Licensing Organization:技術移転機関)が整備され,大学教員もTLOへの出資や特許出願など,積極的な関与が期待された15).ただし,TLOが取り扱った発明のうち,ベンチャー起業に結びついたのはごくわずかとのことである.第四次では大学発スタートアップの増加が益々期待されている16).
一方で,国立大学の財政難を伝える報道が増えている.独立法人化以降,運営費交付金が徐々に削減され,近年の電気料金高騰も重なり,ついに基礎的な研究費が実質ゼロの時代が来た感がある.文部科学省は大学運営の財源多様化と研究の活性化を求める方針であり,今後外部資金を稼ぐことが必須となる.理工系の科学研究費以外の外部資金としては,企業との共同研究?受託研究の他,文部科学省,経済産業省,内閣府などからの競争的研究費(国家プロジェクト等)が挙げられる.しかし,政策目的性の高い大規模プロジェクト型資金は,政策と合致していなければ応募もできない.例えば塑性加工の場合,重点17投資分野の中で直接的に関係するテーマは少なく,接点は「マテリアル」となるだろう17).経済産業局の資料によれば,革新的な部素材の開発・社会実装の促進がうたわれ,「高機能部素材について,加工技術も含め,アカデミアや川下ユーザーとも連携し,AI活用等による開発・社会実装・事業化をどのように加速させるべきか」が問われている注1).
しかし,外部資金獲得が前提となれば,獲得困難な研究分野は自然淘汰される.また,大学でも人件費高騰の問題があり,人員構成にも影響が及びつつある.なお,2016年に文部科学省および経済産業省が策定した「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」により,外部資金から直接教員の給与を出すことも可能になっている(知的貢献費の導入).大学等における「知」を結集し,産学官の関係者が一丸となって取り組むことを目的とした制度であるが,これが過度に進むと,米国のように,外部資金が途絶えたとき,研究室の閉鎖となるような事態が生じうるかもしれない.
今の日本の諸問題の多くが少子化と関連しているとも言われているが,社員が獲得できずに倒産する会社が増えている(人材不足倒産)のは深刻である.学会においても会員の減少は財政悪化に直結する大きな課題となっている.学会会員の減少はまた,学会誌への投稿論文数の減少にもつながる.最近は生成AI普及の影響で,論文作成に対する大きな懸念が生じており,さらに学術誌の存続問題を複雑にするだろう.生成AI普及の影響で俳句コンテスト中止や,就職活動におけるエントリーシート廃止のニュースを聞く.論文投稿でも多くの学術誌でAIが執筆者になることを禁じているが,今後,対策,ルールの整備が問われる.
しかしながら,AIに関しては,2045年にシンギュラリティ(技術的特異点)が到来するとの予測もある18).これは「AIが人間の知能を追い抜き,科学技術の進歩が人間の理解や予測をはるかに超える転換点」とされる.AIは今のところ独創的なアイデアを生み出す段階には至っていないと考えられるが,多様な視点や考え方を並べてくれるので,思考の整理にはなるらしい.コトづくりを実現する塑性加工の戦略についてAIに問うと,本誌で学習したかのような回答が返ってくる.学生が教科書や学術誌を読まなくなる理由も理解できる.AI時代における学会の役割はどう変わるのか.今後の課題である.
モノづくり・コトづくりの今後について考えてみると,生成AIがいろいろな場面で影響してくると思われる.例えばAIインタビュアーがベテラン技術職員から暗黙知を引き出すソフトウェアが注目されるなど,製造現場における技術継承を支援するAI活用は,今後さらに活発化すると考えられる.一方でAIの負の側面は常に注意しておく必要がある.研究者や技術者を取り巻く環境が急速に変わる中で,何をどのように維持し,いかに次世代に継承していくべきかが問われている.
参 考 文 献
1)岩本敏裕:アジア経営研究,15(2009),121-130.
2)山田邦男:映像情報メディア学会誌,71-4(2017),521.
3)加藤俊彦:日本経営学会誌,40(2018),66-69.
4)箕曲在弘:文化人類学研究,8-12(2007),105-118.
5)堀田治:商学集志,92-3(2022),125-156.
6)今井紀夫:マーケティングジャーナル,40-2(2020),65-73.
7)安井洋輔:J R Iレビュー,2-86(2021),2-29.
8)Sanderson, S. and Uzumeri, M.:Research Policy, 24(1995),761-782.
9)長谷部弘道:杏林社会科学研究,35-1(2019),13-36.
10)ぷらすとす 小特集号 製造現場におけるDX・AI・IoT化の現状,8-91(2025),333-363.
11)阿部保彦・小谷誠剛・窪田英一郎:FUJITSU, 70-2(2019),93-98.
12)Yang, J., Liu, B., Shu, D., Yang, Q. and Hu, T.:Journal of Alloys and Compounds, 1013(2025),178552.
13)戸堂康之:国際経済学会誌,77(2025),49-76.
14)上谷田卓:経済のプリズム,214(2022),1-38.
15)大山真吾・合谷祥一:産学連携学,19-1(2022),7-12.
16)満生昌太・茅明子・阪口幸駿:産学連携学,22-1(2025),15-19.
17)真鍋健一:塑性と加工,58-682(2017),975-976.
18)堀浩一:情報管理,58-4(2015),250-258.