会長挨拶

2023_kaichou
 
  第60期
会長 柳本 潤 (東京大学)

日本塑性加工学会の現況
Current Situation of the Japan Society for Technology of Plasticity

 
 

1. はじめに

 
 2023年の本欄に寄稿して以後,早くも一年が経過した.日々の仕事をしているうちに,一年もたってしまったというのが,偽らざるところである.本稿では,過去一年間の日本塑性加工学会の活動を振り返りつつ,私見を述べてみる.
 本来であれば,本稿は新たな会長が新たな息吹を,日本塑性加工学会に吹き込む場であるべきだが,筆者は再任され本稿を執筆しているため,内容に新規性が欠ける点はご容赦いただければと思う.
  

2. 海外から見た日本塑性加工学会

 
 学会はSocietyであり,専門を同じくし利害を通じて結びついている個人あるいは法人の集まり,共同体である.最近は情報化が社会を大きく変えつつあり,今世紀に入りその動きがさらに急になってきていることに疑いは無いが,一方で高い質の工業製品を安価に社会に向けて供給するために塑性加工学や技術が担ってきた役割は誠に大きい.
 塑性加工学を専門とする専門家の共同体である「日本塑性加工学会」は国内で社会的な価値を持っていると同時に,世界でもいまだにユニークな存在であり続けている.2023年9月に第14回塑性加工国際会議(ICTP)が,初めてフランスで開催された.3年に一度開催される同会議は日本塑性加工学会が主導することで設立された国際会議であり,初回は1984年に東京で開催されている.この会議に参加するたびに,JSTPすなわち日本塑性加工学会の海外でのプレゼンスは高いものがあると感じる.
  

3. 日本塑性加工学会の現況

 
 2023年の本稿では,生産年齢人口の減少と同期して日本塑性加工学会の個人会員数は減少していること,今後は2050年を目標とするCarbon Neutralの実現とエネルギー置換,素材置換,SDGs実現,リサイクル・リユース,環境問題の解決への動きが社会の変化を促していくであろうこと,このような状況のもとで,日本塑性加工学会の活動はどうあるべきかについて,私の考えを述べた.  学会は,専門を同じくする方々の共同体であるから,個人,法人を問わずメンバー数は多ければ多いほど良く,学会活動への関心が高ければ高いほど良いわけである.今でも多くの法人,個人の会員に支えられて日本塑性加工学会は成り立っている.その一方で,「塑性加工に関する研究発表,研究の連絡,協力および促進を図り,もって塑性加工に関する学術の進歩向上に寄与することを目的」とする共同体である日本塑性加工学会の活動は,残念ながら強い向かい風を受け続けていると言わざるを得ない.
  
3.1 学会誌と出版
 
 日本塑性加工学会誌は2024年には第65巻を発行している.会報誌「ぷらすとす」と併せて,新規性が高く,学理あるいは技術のいずれかの面において優位性が高い情報を,日本語で発信できることは重要である.今は電子媒体での配布となったが,ご希望に応じて若干の追加費用により冊子体での配布も可能なので,ぜひご利用いただきたいと思う.
 出版については,新塑性加工技術シリーズの発刊がおおむね終了した.今後は動画教材の発行や新たなプラットフォームの利用を通し,日本塑性加工学会が維持している教育の機能を強化していく予定にしている.
 英語による研究成果の発信は,日本塑性加工学会は明らかに後れを取っている.ただこのことは,歴代の理事会での議論の結果でもある.英語による情報発信にはコストがかさむ.英語化による受益者が学会費を支払っている会員の過半となるのかまずは精査が必要であろうし,日本塑性加工学会のように企業所属会員が80%を占める学会にとっては,健全な財政を保ちつつ日本語で会員に情報を発信することが第一義的に重要であることは,学に所属する筆者にも十分に理解できるところである.ただこの状況を放置することは,伝統あるJournal of the JSTPが細り続けることを意味しており,決して好ましいことではない.  すでに日本語で出版されている論文を自動翻訳し,海外に出版できる共通プラットフォームを,公的資金あるいは公益事業として整備することは,日本塑性加工学会に限らず多くの学会にとっての福音となるのだが,虫が良すぎる願いであろうか?
 
3.2 講演会と企画行事
 
 2023年は,塑性加工春季・塑性加工連合講演会の2019年以来の全面的な対面開催化が実現できた.一方で企画行事は,行事の性質に合わせて,対面開催やハイブリッド開催などを組み合わせて会員が参加しやすく受益が大きいように心がけ,企画の内容についても学会員のニーズに沿った内容となるように努力してきた.一方で,日本塑性加工学会誌が電子化されたため,企画行事の案内が届きにくくなり,「行事の開催を知らなかった」「気が付いたらすでに終わっていた」といった声を聴く機会が格段に増えてしまったのは残念なことである.この点については,メールニュースの見直し,学会ウェブサイトでの広報の方法の見直しなどを実行に移しているが,例えば企画行事のチラシを会員様にお届けするといった,アナログな方法に効果があるのかもしれない.今でも,演奏会あるいはダイレクトメールで配布される,今後の演奏会の紹介チラシには,大きな効果がある.  講演会,企画行事ともに2023年度は多くの皆様に参加していただき,堅調に推移したと感じている.日本塑性加工学会の財務への講演会,企画行事の影響は大きい.そのため企画行事では数多くの会員の参加が見込まれる行事と,たとえ参加者が少なくとも今後の会員の皆様の技術開発や研究につながる先導的な内容をバランスさせることが肝要である.また講演会では,講演会開催地域に関連した賛助会員各社様の協力を得ながら,展示をしていただくことが特に重要であると考えているところである.  講演会では研究の交流,つまり最新の研究成果に触れ議論することで,塑性加工技術や学理の発展を促進されることが,最も期待される.ここで忘れてはならないのは,研究の交流とは人と人との交流があって初めて成り立つということである.交流の促進のための懇親会は,非常に重要であり,日本塑性加工学会の講演会では懇親会に多くの方が参加されるという,大変良い伝統が保たれている.この伝統を維持し,20代の若い個人正会員,学生会員の参加をさらに促していきたい.
 
3.3 財務と会員数
 
 わが国の,ものづくりに関連する学会は厳しい状況にあり,日本塑性加工学会の財務も厳しい状況が続いている.コロナ感染症の流行により多くの学会活動が中止に追い込まれた2020年~2022年と比較して,日本塑性加工学会の財務状況は若干改善の兆しが見えてきたものの,まだ2019年以前の状況には戻っていない.
 財務悪化の主な理由は,個人会員数の減少にある.個人正会員数の減少にはまだ歯止めがかかっておらず,今後の日本塑性加工学会の活動やこの活動を通した塑性加工に関する学術の進歩向上に寄与することが,大いに危ぶまれる状況にあることに変わりはない.会員数増強のための施策は以前から熱意をもって取られてきたが,最近では,以前から存在していた学生会員から個人正会員への資格変更時の会費減免措置を,徹底して周知するといった対策を取った.できるだけ早く,会員数が増加に転じるようにしていきたい.
 組織の存在が目的化してはいけないが,塑性加工技術や塑性加工学がわが国のものづくりにとって不可欠なピースであるのであれば,日本塑性加工学会個人正会員を増やすことは,学会員の各位に課された責務であると,考えても良いのではないだろうか?
 
3.4 産学連携と学学連携
 
 日本塑性加工学会での,機関を超えた(特に公的機関の垣根を変えた)研究プロジェクトの立案は,決して活発とは言えない.2023年の説苑にて指摘した通り,日本塑性加工学会の分科会は研究分科会であることを再度確認していただき,今後の社会の発展につながるプロジェクトの立案に,邁進していただきたいところである.
 
3.5 支部活動と賛助会員の活動
 
 日本塑性加工学会の9支部での活動に,十分な支援ができない状況が続いているのは誠に残念である.少ない金額ではあるが,支部への交付金を復活させることができ,また,交付金の算定基準を変えることで,全国の9支部が等しく活発に活動できるような土壌を整備することに努めた.  日本塑性加工学会にとって,賛助会員各社様を交えた活動は非常に重要である.2024年春の塑性加工春季講演会では南関東支部および講演会実行委員会にお願いし,賛助会員相互の交流を目的とした交流会を実施した.今後,こういった活動を全国各地に広め,全国の賛助会員の皆様に広くご参加いただけるようにしていきたいと思っている.  また最近,学生インターンシップ情報のページを開設した.賛助会員の各社様にはぜひこのページを活用し,学生とのリンクを強化していただきたく思う.  
  

4. まとめ

 
 2023年に記した文言を,再度記させていただく.  日本塑性加工学会の活動の柱となっている4つの目標は,Ⅰ. 学会活動の活性化とプレゼンス向上,Ⅱ. 産学連携強化,Ⅲ. 人材育成,Ⅳ. 財政基盤強化であり,この目標に向かった活動は堅持すべきである.一方,産業界で求められる技術は急速に変貌する.電動化は一つの例である.
 我々は,社会の変動に応じて柔軟に塑性加工技術や塑性加工学を進化させていかねばならない.学理(科学)と技術あっての学術であり,一方が欠けることは許されない.日本塑性加工学会は,わが国の塑性加工技術や塑性加工学が世界を先導し続けるための交流の基盤を提供し続け,製品あるいはサービスの創造による価値の付与を国家の存立の基盤とせざるを得ないわが国に,貢献し続けねばならない.
 2023年と同じ筆者であり,新規性に欠けることは承知しているが,本稿が,よどんだ内容になっていないことを望む.  
 
参 考 文 献
1)柳本潤:素形材,65-3(2024),44.
2)柳本潤:ぷらすとす,6-66(2023),285-286.