会長挨拶

2023_kaichou
 
 
第59期 会長 柳本 潤 (東京大学)

塑性加工技術の進展と支える科学:塑性加工学
Technology of Plasticity as a Science to Support the Innovation of Technology of Plasticity

 

1. はじめに

 
日本塑性加工学会は「塑性加工に関する研究発表,研究の連絡,協力及び促進を図り,もって塑性加工に関する学術の進歩向上に寄与することを目的」として,法人設立から58年以上,創立から62年以上の活動を積み上げてきた.法人創立に先立つ塑性加工研究会の設立からは実に73年以上の歴史がある.
この長い歴史のうち高度成長期は,法人設立後の10年弱に過ぎず,塑性加工学会はその歩みの大半を,低成長の時代とともにしてきた.低成長の時代の下でも生産年齢人口は増加を続けたが,これも1995年を境に減少に転じており,この頃から日本の名目GDPは停滞気味でさえある.この期間にあっても輸送機械業の製造品出荷額は増加しており,鉄鋼業の出荷額は横ばいか微増を維持している.
1995年以後の四半世紀と同じく,今後の四半世紀には,社会を取り巻く様々な状況の変化が,社会や我々の生活を変えていくであろう.現在予想されている課題のみを列挙するならば,2050年を目標とするCarbon Neutralの実現とエネルギー置換,鉄鋼材料を代表とする金属系材料からCFRPといった複合材料への素材置換,SDGs実現への絶え間ない努力,リサイクル・リユース,環境問題などの課題の解決への動きが社会の変化を促していく.またこの課題が徐々に,時として,要求される製品あるいはサービスの急激な変化をもたらす.
製品あるいはサービスの創造による価値の付与を国家の存立の基盤とする我が国は,これらの課題解決への回答を,製品あるいはサービスの創造による価値の付与を通して提示し続けねばならない.製品あるいはサービスの創造に資する塑性加工技術の進展を将来にわたって支え続けるためには,科学としての塑性加工学の進展が必要である.塑性加工に関する研究発表,研究の連絡,協力及び促進を図り,もって塑性加工に関する学術の進歩向上に寄与する,ことを目的とする我が日本塑性加工学会は,今までに増して重い責務を負っているわけである.
 


(図1)

(図2)

 

2. 日本塑性加工学会の現況

 
生産年齢人口と日本塑性加工学会正会員数の推移を図1に示す.日本塑性加工学会の正会員数を各年の3月での数値で見ると,1997年3月に最大の4284名を数えた後は減少に転じている.生産年齢人口の減少と個人会員数の減少とは同期しているから致し方ない面もあり,会員数の減少に悩まされているのは日本の他学会協会にも通じるところではあるものの,図1に示す通り,歴代の日本塑性加工学会の努力にも関わらず,個人会員数減少の速度は生産年齢人口のそれを上回っているのは残念なことである.
個人会員数は減少しているものの賛助会員口数は,1995年以後低成長を維持しつつ安定しているGDPと似た図2の線の推移を辿っている.日本塑性加工学会の会勢は,賛助会員である事業所に支えられ辛うじて踏みとどまっているとも言えるわけである.ただ賛助会員口数もコロナ感染症の影響もあり,2022年3月時点では422口と減少に転じている.
賛助会員口数はGDPと同様の推移を辿り横ばいではあるが,日本塑性加工学会の正会員の多くは企業での研究開発従事者であるから,正会員が減ってきていることは由々しき事態である.このことが,国公立研究所大学などの機関に属する会員数の減少と相まって,日本塑性加工学会の研究の多様性や先進性を減じる要因となり,ひいては,研究発表,研究の連絡,協力および促進を阻害することが,大いに懸念される.この困難な状況を乗り越えるために,日本塑性加工学会員としての我々は何をなすべきであろうか.
 

3. 日本塑性加工学会の活動

 
3.1 活動の柱となる四つの目標
 
日本塑性加工学会の活動の柱となっている4つの目標は,Ⅰ. 学会活動の活性化とプレゼンス向上,Ⅱ. 産学連携強化,Ⅲ. 人材育成,Ⅳ. 財政基盤強化であり,この目標に向かった活動は堅持すべきである.一方,産業界で求められる技術は急速に変貌する.例えばCarbon Neutralに合わせて自動車のサプライチェーンは変わり,例えば自動車の電動化は,特に中小中堅企業に影響が大きいと言われている.電動化は一つの例に過ぎない.社会の変動に応じて柔軟に塑性加工技術や塑性加工学を進化させていかねばならない.
我が国の塑性加工技術や塑性加工学は世界を先導し続け,製品あるいはサービスの創造による価値の付与を国家の存立の基盤とせざるを得ない我が国に,貢献し続けねばならない.ここでは,学理(科学)と技術あっての学術であること,一方が欠けることは許されないことに,留意すべきである.
 
3.2 産学連携と学学連携
 
産学連携は長年の間,日本塑性加工学会の目標の一つとして重要視され続けている.加えて,学学連携を一層強力に推進すべきであろう.ここでの学とは,大学と国公立研究機関を総称しており,本来は官学と言い倣わすべきだが,短縮して学と呼ぶ.
筆者は学の側にしか身を置いたことがないので学の立場で申し述べる.日本塑性加工学会には19の分科会が設置されているが,英訳を見ればわかる通りこれは研究分科会であることを趣旨としている.研究の促進をはかるためには,例えば,学術振興会(科学研究費補助金)や科学技術振興機構といったFunding Agencyに積極的に課題を提案することで,新たな学理や学問分野を開拓する,といった動きがあっても良いと感じる.科学研究費は民間企業にも開かれているので(科学研究費補助金取扱規程第2条第1項第4号),産学連携をこの枠組みで進めることもできる.行政や政策の一部として社会が求める課題を解決するための研究の推進には,産学連携が前提となる.この場合にはNEDOの先導研究などの補助制度を利用することができる.RFI(情報提供依頼)に応じて,社会課題解決のための塑性加工学や技術の急所をつく提案を,時期を見極めつつ発信する必要がある.
 
3.3 地域の特性を生かした連携研究活動
 
塑性加工の実業を担う事業所の多くは地方に立地しており,地域の経済を支えている.地域に根差し,産学連携や学学連携の場である支部活動は,日本塑性加工学会の足腰にも例えられ,極めて重要である.日本塑性加工学会の9支部での活動にはそれぞれの支部ごとの特徴があるから,地域の特性を生かしつつ最も適切な形で進められる形態を今後も模索していきたい.
また,戦略的基盤技術高度化支援事業(現在は成長型中小企業等研究開発支援事業)や,地方自治体の研究プロジェクトを通した,学と中小中堅企業との産学連携を,これまで以上に進めることを期待したい.
 
3.4 研究成果の発表と研究の連絡
 
教育のための講座,セミナーや最新の研究開発情報の提示の場であるシンポジウムといった企画行事は,引き続き活発に行うことで,日本塑性加工学会の会員が会員であることをより強く受益できるような環境や仕組みを,提示していく必要がある.
成果発表の場としての春秋の講演会は対面開催により活性を取り戻すべきで,さらに講演会時の懇親会は,参加者の交流の場として極めて重要であり,有益でもある.無論,WebやSNSによる情報発信も一層進めるべきである.
一方で学会の顔としての論文誌の刊行は,非常に深刻な問題を抱えていると言わざるを得ない.学での研究活動が低調になっているのではないか,企業での基礎研究が公開され辛くなる,あるいは少なくなっているのではないか.それ以前の問題として,学術論文を支配する英語化の波を受けることによる,日本語での情報発信の地盤沈下にいかにして抗していくべきか,課題は非常に重い.

4. まとめ

日本塑性加工学会を取り巻く環境,学会活動の現況と今後のあり方,課題をまとめた.当たり前のことを書き連ねたに過ぎずお恥ずかしい次第であるが,当たり前のことを実行するのは存外難しいものである.皆様との協業により,少しでも実現し,学会が良化することを期していきたい.