会長挨拶

2021_kaichou
 
第57期 会長 北村 憲彦(名古屋工業大学)
 
塑性加工学会の知と人を未来へつなぐ
Connecting Intellect and People in JSTP to Future

 

1. はじめに

 
 一般社団法人日本塑性加工学会は1960年に正会員1,217名で創立された.この前身となる「第1回塑性加工研究会」(参加者46名,1951年),翌1952年「塑性加工研究会」(正会員399名)の胎動も含めると,すでに70年が経つ.正会員は設立年から徐々に増え,1997年には4,284名で最大となり,ここ数年は毎年100名ペースで減り,2020年4月現在で2,653人である.
 この間,輸送機械や産業機械,鉄鋼や非鉄などの素形材産業の進歩に,本学会は大いに貢献してきた.同時に,これまでの課題の解決を通じて,多くの塑性と加工が研究され,ものづくりの世界をリードしてきた.
 長年の知恵として論文などもDVDに保存された.また,多くの技術者の実践知も今ならまだ失われてはいない.これらの「知」の集積を次世代へ引き継ぎ,独創的な塑性加工の固有技術開発に資することは本学会の使命である.
 脱炭素社会など大きな変革に応ずべく,新型コロナ禍の打撃で多少鍛えられたと受け取って,本学会活動の質の向上を図ることを一緒に考えてみたい.
 

2. 社会と「ものづくり」の変化点

 
 今が社会の大きな変化点であることは間違いない.持続可能な開発目標SDGs(Sustainable Development Goals)を受け,科学技術イノベーションによる生産性向上と持続可能な循環型社会の推進,2050年温室効果ガス排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)などが,わが国の2021年重点事項に掲げられた.
 すでに産業界では早くから自動車の電動化,鉄鋼業の根幹に関わる技術開発が必要とされる.デジタルトランスフォーメーションも含めた生産設計のデジタル化・情報化への関心も高い.グローバルなものづくりの高付加価値化と競争力強化も加速している.安全でカーボンニュートラルな電力生産も難題である.人の業による課題1),2)も提起されたが,ここで考えるには重すぎる.いずれにせよ未来予測は難しい.我々としては,多様な観点から身の回りの原理を究め,応用へ展開できる技術開発の種(たね)と人材を育て,近い将来に備えるのが当面の課題である.
 ところで,この70年間,とにかく効率を求めて,分業化と細分化がいささか進みすぎた嫌いがある.一つの製品を仕上げるためには,複数の工程で連立解を出さなくてはならない.工程を一貫して考えられる加工屋も減っている.ベテランの減少は,経験的な実践知を伝承する指導的な技術者とともに,当たり前にできていた技術を失うことになる.これに気付かないと,将来取り返しのつかないことになる.
 塑性加工には多くの複雑な問題が残っている.経験的な解決も技術者の高齢化とともに細っている.これを補うためにも,多少強引でも理論構築やモデル化を進め,更新し続ける必要がある.得られた高度なCAD(Computer Aided Design)技術は,近い将来の工程や型の設計には不可欠であろう.これからの情報化とも連動してさらに必要とされることが,多くの分科会のロードマップのキーワードにも散見される.
 このような変化点に立っている今,社会は新技術を渇望し,ものづくりの人材不足の本質は実践知の喪失の回避にある.歴代会長の基本方針3)~7)は着々と実行されている.この変化点で本学会の短期と長期的な対応も含めたい.
 

3. 社会の変化への本学会の短期対応

 
3.1 オンライン講演会のトライ
 
 新型コロナウイルスのパンデミックによって,本学会の活動も大幅に予定を変更させられた.学会にとって春と秋の講演会は情報と人の交流が活発であり,本学会にとっても重要な行事である.2020年度春季講演会は講演論文もなく完全に中止となった.しかし小規模なトライアル8)を経て,第71回塑性加工連合講演会web講演会9)が実現した.
 Web講演会も慣れれば,視聴はほぼ問題なく,移動の時間と交通費が不要というメリットも聞かれた.オンデマンドでなくて良かったとも感じた.その場で質疑を聞くことで,発表内容の理解を深められたからである.
 しかし,オンラインの不自由さから質問のチャンスを逃しがちで,満足感が減った気もする.対面の講演会であれば,休み時間に個別の議論も追加できる.懇親会や展示ブースなどで自由に討議して,知り合いを作り,自分の考えの位置づけを探るなど,これが学会の良さといえる点は,オンラインでは難しかった.
 オンラインと対面のハイブリッドを望む声も少なくない.経費と手間に課題があり,さらに工夫が必要である.とにかく,学会では自由な意見交換こそ重要である.そのような議論のチャンスが広がるように,オンライン会議システムのブレークアウト機能などの活用もあり得る.
 内容的には,一般講演などの最新情報だけでなく,賛助会員の事例紹介セッションなども設け,参加しやすい工夫も必要である.最近の学生は就職活動でプレゼンの重要性を意識している.学生からの要望は,学生や若手研究者向けの「プレゼンの仕方ミニ講座」である.賛助会員からも「学生と賛助会企業の人との交流の場」の希望がある.総合的に,講演会は学会の大きな魅力として重視したい.
 
3.2 オンライン企画行事のトライ
 
 他に講演会以外の行事,支部や分科会の活動もオンライン方式が試された.講演会はもとより講義形式のセミナーなどもオンライン方式は新型コロナ禍を機に試されたが意外に評判は良い.
 シンポジウムやセミナーで,「塑性加工の困りごと相談コーナー」などの時間を設けてほしいという声もある.その時にすぐに解決できなくても,ヒントやきっかけ,詳しい方を紹介できるだけでも価値が感じられる.現業のヘルプを聞いてもらえない学会に,会員が入会していて良かったと思うわけがない.支部行事でもしかりである.技術の現場での近所づきあいは,産学連携のチャンスである.
 「相談コーナー」では,経験豊富なシニアのお知恵を活用することである.そのためならシニアの会費の負担をさらに減らす(あるいは実質なくす)ことも議論してはどうか.長年にわたり塑性加工で飯を食ってきた技術者・研究者の知恵はお金で買えるものではない.会社を越えて,相談に乗ってもらえるベテランが学会とつながっていることは,若手技術者にとって入会の動機にもなりそうである.
 4月定例の商議委員会で,「新入社員へ金属材料の基礎を講義してほしい」という要望を伺った.企業の若手や配置換えの社員向けに,力学や材料,熱処理の基礎的なリカレント教育を,YouTubeなどの動画で会員が視聴できるように用意するのは,中小の賛助会員にも喜ばれそうなアイデア10)であり,現在も着々と準備が進んでいる.更新も可能であるから,多少のことはあってもトライすべきである.大学で塑性加工の講座が減ったなら,その分を学会がオープンに多くの技術者の学びを助け,力学や材料学を理解している若い技術者を増やし,技術力の底上げをする.
 これらの講義や講演会をアーカイブにすることも今から始めたほうが良い.かつての教育用ビデオも動画教材として保存しなおせば,コンテンツも充実できる.利用者への提供の仕方については関連委員会で話し合う必要がある.
 
3.3 運営の見直し
 
 社会の変化に学会運営も対応する必要がある.新型コロナ禍の機会に,委員会の再編や理事の業務内容の見直しも必要である.事務局の負担軽減や仕事の質も見直し,担当理事とのコミュニケーションの改善も必要である.
 学会の財務については,2015年以来「見える化」が提案されたが,結果的には不十分であった.財務委員会の機会を増やし,財務状況のチェックを早急に行う必要がある.財務状況の異常に理事が気付きやすくすること,さらに少し先を予想しやすくする表し方にも工夫が要る.運営が危ないようでは,他の学協会と連携は無理である.まずは足場を固め,理事はその足場の確認を怠ってはならない.
 

4. 社会の変化への本学会の中長期の対応

 
 2018年の第5次将来計画検討委員会報告書11)には2030年への社会の中長期的な変化と具体的提言が示され,以後の会長方針にも随時反映されている.できれば,これを時間軸に載せて学会のロードマップとし,重点項目を2021年アクションプランとするなども運営上は必要である.
 この報告書でも支部の活性化に触れている.支部と本部は支え合い,支部は運営の柱である.支部協議会もオンラインで今以上に意見交換可能かもしれない.賛助会員,正会員,学生会員の声を支部で集めて本部へ届けてほしい.
 もう一つは分科会で,こちらは学術研究の柱である.分科会のあり方,場合によっては再編を議論する時である.今後にどのような工法が必要になるかは読めないから,技術の多様性は大切である.従来技術やデータベースの整備,人材教育については専門の分科会の出番である.
 ニーズとシーズ,あるいは工法と応用先,横断的技術と基盤工法など,いろいろな基軸で分科会を特徴づけることも考えられる.その目的は,学会内での融合新分野開拓である.さらに従来の塑性加工だけにこだわる必要もない.別の成形法との組み合せ,センサー,制御,レーザの活用,生体材料など新しい分科会も活動を始めている.これらの将来に期待したい.
 さらに「ものづくり」を支える他の学協会との協力関係を話し始めたが,新型コロナで棚上げになっている.大切なのは,お互いに良い「ものづくり」を実現したいという志のもとで信頼関係を築くことである.お互いに尊重して,企画行事を相互に乗り入れ,企画行事や分科会活動を通じた人的交流,技術連絡会を設けるなどして,お互いに思考の幅を広げたい.ものづくりの上流になる設計側との交流も,塑性加工の可能性を発想するために役立つと思う.
 

5. おわりに

 
 本学会は,塑性加工に関わる会員の研究開発を促し,人材育成をする場である.学術(学問と技術)の進歩のために,多くの人が自由に意見交換して,人と人とを繋ぐコミュニティーである.塑性と加工について議論のできる場で,熟成される知恵と人材を未来につなげていきたい.
 
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参 考 文 献
1)水野高爾:塑性と加工,43-494(2002),169-170.
2)斎藤幸平:人新世の「資本論」,(2020),集英社.
3)真鍋健一:塑性と加工,56-653(2015),433-434.
4)山崎一正:塑性と加工,57-665(2016),501-502.
5)吉田一也:塑性と加工,58-677(2017),457-458.
6)吉江淳彦:ぷらすとす,1-6(2018),383-384.
7)米山猛:ぷらすとす,2-18(2019),317-318.
8)西脇武志:ぷらすとす,4-38(2021),111-112.
9)吉原正一郎・陳中春:ぷらすとす,4-39(2021),184-186.
10)岡田政道:ぷらすとす,3-30(2021),307-308.
11)第5次将来計画検討委員会:ぷらすとす,1-3(2018),215-221.