会長挨拶

2018_kaichou
吉江 淳彦(新日鐵住金株式会社) 

深化,連携,発展 -本会への期待-
Progress, Collaboration and Development ―What to Expect from JSTP―

 
1. はじめに
 本会は塑性加工分野の学術的な進歩を先導するとともに,自動車,機械,鉄鋼,非鉄等多くの産業の技術と競争力の向上に貢献してきた1).塑性加工技術の進歩は,種々の素材を適切な「かたち」の部品や構造体に成形することを可能とし,多くの新たな価値を創出してきた.今後も塑性加工という学術,技術の必要性や有用性はますます高まると予想される.本会には,長年の活動を通じて多くの貴重な知恵と人材が蓄積されている.この蓄積を散逸させることなく担保し,次の発展につなげるための基盤を築くことは本会の重要な役割である.筆者は鉄鋼メーカーで主に材料開発を担当してきたので,物の見方が偏っている可能性は否めないが,大学や顧客企業との共同研究,他学会での活動経験等も踏まえて,一企業人として期待する本会の姿について記してみたい.
 
2. 本会に期待すること
 ITの発展により世界の隅々までが繋がりつつある一方で,政治・経済の面では保護主義の台頭により逆に世界が分断される可能性がある等,世の中は複雑に変化している.技術に関しても,激変とも呼べる大きな変化が確実に生じている.電動化,自動運転化等の自動車の概念が変わるような新たな展開,シェールガスが登場した一方で化石燃料から水素や再生利用可能エネルギー等の低環境負荷エネルギーへのシフト,さらにはIoTの活用による産業間連携の促進やAIの適用による仕事そのものの再構築等,ゲームチェンジとも言える大きな変化が同時並行的に進んでいる.このような激変の時代においても本会が存在価値を発揮し続けるためには,塑性加工をベースとする新たな価値を,これまで以上に広い分野へ提供し続けることが必要である.
 それでは,塑性加工が生み出す新たな価値とは何であろうか.筆者は特に下記の3点に期待している.
①塑性加工を通じて素材の特徴や長所を最大限に引き出すこと2)~4).
②「かたち」の工夫により部品や構造体の性能を向上させること.さらにはその「かたち」を製造できるようにすること.
③高度な大量生産技術を実現し,企業の競争力強化に資すること(高精度,高生産性,高歩留り,省エネルギー,省力化等)5).
 今後は,使われる素材がますます多様化し,部品や構造体にはさらに高度で多岐にわたる性能が求められるようになる.加えて世界規模での競争はますます厳しさを増していく.そのような状況下で本会に期待されることは,こと塑性加工に関しては学術・技術面の進歩を先導する役割を担い続けること,さらには素材,設計,製造,設備,制御等を包含する塑性加工の課題をワンストップで解決できる頼れる専門家集団として上記の価値を発現すること,だと感じている 
 このような期待に応えるためには,まずは本会自体すなわち会員個々人が自らの学術・技術の深化に挑戦し続けることが必要であろう.一方で,新たな領域に踏み出すためには異なる専門家同士の連携も重要であり,本会の外にある知見と本会の強みである技術とを融合させることにより,新たな研究領域の創出にも努めるべきではないか.そのためにも様々な分野の企業,大学あるいは公的機関との連携を強め,具体的な協業を進めたい.連携・協業の主役はあくまで個々の大学と企業であるので,本会の役割は,他の学会や機関との間で連携の土台をつくり,個々の活動がやりやすくなるようなお膳立てをすることだと考えている.具体的には,塑性加工の対象となる素材系の学協会,塑性加工により部品や製品を製造する産業界の団体,および塑性加工の設備や制御系に関わる学協会等との連携を強め,人と技術の交流を促進することにより複合領域,学際領域での研究開発と実用化のスピードを上げていきたい.
 このような連携を進めたうえで,強みのある大学,企業が集積している地域に技術開発,技術交流の拠点を築き,人と技術の良い循環が持続的に生まれるような仕組みづくりも進めるべきではないか.拠点においては学生のみならず企業からの派遣者の人材育成も進められ,拠点で開発された技術は企業に移植され,さらに磨かれた上で実用化される.このような産学官が一体となってイノベーションを創出する優れた取り組みとしては,岐阜大学の次世代金型技術研究センターをはじめ複数の事例がある6).いずれの取り組みも,軌道に乗せるまでは大変なご苦労があったと思うが,本会には強みのある大学と固有技術を有する会員企業が各地域にいるため,拠点づくりの土壌は備わっているのではないかと思う.このような拠点に所属している大学や企業が公的な補助金の申請や特許出願を行うための支援体制を戦略的に整備していくことも重要である.
 また,本会のグローバル化,特に会員企業の海外展開の支援がきわめて大切であることが本会の第5次将来検討委員会からも指摘されている7).その一助として,本会に所属している留学生の将来の活躍の場を広げる支援も行うべきではないか.母国へ帰国後,日本発の技術の適用拡大や人材交流のためにおおいに力を発揮してもらいたい.また,多くの会員企業が海外に製造拠点を構える際の人材確保に悩まれている中で,本会に所属する留学生が会員企業の社員となって,母国の拠点のリーダーとして活躍できるよう,採用や教育の機会を提供することも大きな意味があるのではないだろうか.
 
3. 本会の課題
 会員数や活動資金は本会発展の基盤となるものであり,適切な規模を維持することが必要であるが,歴代会長の説苑1),3),5),8)や活動方針,さらには第5次将来検討委員会の答申7)をはじめとする多くの方々からの指摘があるように,いまだ課題は多い.特に下記の5点は,繰り返し指摘されている共通の課題であり,足元の傾向を反転させるためにも,現在の取り組みの強化,さらには新たな対策への取り組みが必要である.これまでのご指摘を踏まえた筆者の考えも合わせて記す.
 ①塑性加工に関わる研究者・技術者の母集団の減少
 他の学協会・機関との融合・統合を進めて活動領域を広げることにより,多くの人が参画できるような新たな研究領域を創出する.
 ②本会の持続的成長・発展の基盤である会員数の減少
 本会が入会したくなるような魅力のある学会になっているか,若手からシニアにいたるまで活躍の場が提供されているか等を適宜検証し,学生会員,正会員,賛助会員それぞれにとって魅力のある活動を増やす.
 ③本会を運営するための予算の逼迫・収入の減少
 公益目的支出計画の終了に伴い,新たな財政規律をつくり実行する.塑性加工戦略ロードマップ9)等に基づいて,予算配分の優先順位付けの方針を明確にするとともに,新たな収入源の検討も行う.
 ④講演会参加者の減少
 新たな情報や新たな人的交流等,参加者にとって得るものの多い講演会になっているかを検証し,プログラムやイベントのさらなる改善を図る.
 ⑤投稿論文の減少
 より投稿意欲が増す論文集にするための方策として,発行部数と認知度の向上,投稿手続きの簡素化および英文論文の取り扱い等について検討する.
 これらの課題を放置すると,本会の魅力の低下とともに技術開発力の低下や技術の散逸につながる.本会が塑性加工分野の学術・技術の進歩と発展の駆動力であり続けるためには,多くの人が集い,活発な議論が交わされる魅力ある学会である必要がある.そのためにも,本会が活動しやすい組織になっているか,研究開発に注力できる環境になっているかという点に注目して,研究開発,情報提供,人材育成等の活動への集中と,それ以外の事務負荷の軽減を進めることも必要ではないか.
 本年,塑性加工戦略委員会からは研究開発の方向性が9),また第5次将来検討委員会からは本会の課題と解決策が示された7).これらの答申を本会全体で咀嚼・消化し,具体的なアクションプランに結び付ける必要がある.早く具体的な行動が開始できるよう,会員各位のご協力をお願いしたい.
 
4. おわりに
 本会に蓄積された貴重な知恵と人材をベースに,塑性加工を学術面・技術面でさらに進化させ,加えて新たな研究領域にも挑戦することにより,本会が将来にわたり社会に貢献し続けることを願っている.そのためにも,会員各位が,もう一歩ずつでも本会を前進させることを意識して行動されるようお願いしたい.周囲の人に本会に入会するようあるいはとどまるよう声をかける,新たな研究テーマやイベントの提案をする,講演会等へ積極的に参加し発表をする,論文を「塑性と加工」に投稿する等,本会の発展のために一人一人ができることはたくさんあると思う.その結果は,本会の活性化を通じて会員各位に還元されるはずである.皆で協力して本会を盛り立てていくためにも,本会を積極的に活用していただくとともに,本会の活動で不足する点についても率直な意見を発信していただきたい.
 
 
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参考文献
1)真鍋健一:塑性と加工,56-653(2015),433-434.
2)吉江淳彦:塑性と加工,57-660(2016),1-2.
3)山﨑一正:塑性と加工,57-665(2016),501-502.
4)塑性と加工,圧延における材質制御とその周辺技術の動向小特集号,58-676(2017),345-385.
5)木村昌平:塑性と加工,55-641(2014),489-490.
6)塑性と加工,モノづくり分野のイノベーション創出に向けた取組み小特集号,58-682(2017),975-1020.
7)第5次将来検討委員会:ぷらすとす,1-3(2018),215-221.
8)吉田一也:塑性と加工,58-677(2017),457-458.
9)日本塑性加工学会:塑性加工戦略ロードマップ2018(案),(2018).